コラムColumn
不便さすら、愛おしい ~ランボルギーニ ディアブロロードスター~
クルマとの出逢いは、いつだって偶然に見えて、必然なのかもしれない。
人生で初めて手に入れたスポーツカーはロータス・エスプリ ターボ。私が人生の一部としてのめり込むことになった「スーパーカー」という世界への扉を開けてくれた一台だった。その軽やかな走りと個性的なデザインに魅了され、気づけば次の一台、ケーターハム・スーパーセブン・スーパープリントへと手を伸ばしていた。
このストーリーについては、前のコラムを一読していただきたい。
話を本題に戻すと、このあたりで芽生えていたのは「いつかはランボルギーニ・カウンタックを手に入れたい」という長年の夢だった。だが、カウンタックの姿を追い求めるうちに、運命的な出逢いを果たす。それが、「ランボルギーニ・ディアブロ ロードスター」だった。
実は、夢にまで見たランボルギーニ・カウンタックは、手に入れる寸前までいっていた。契約を交わしたあと、ある日突然、販売元からの連絡。「高速道路でオイル漏れを起こし、故障してしまいました」。夢が、油にまみれて消えていくような感覚だった。結局、それは修理も困難とのことで断念。あのときの落胆は今でも忘れられない。
そんな中、偶然にも富山で新しい出逢いが訪れる。オークションに出品されたディアブロ・ロードスター。わずか数台しか日本に存在しない貴重なモデル。しかも、あの”上に跳ね上がるドア”付き!
すぐに飛行機に乗り、富山へ。実車を見た瞬間、心が震えた。ボディライン、音、存在感。これはもう「買う」以外の選択肢がなかった。
当時、「エキゾチックツーシーター」というクラブに加入しており、早速この魅力的なクルマで参加。ここでの出会いは、今までとはまた違う世界だった。ロータス時代の仲間とは異なり、趣味も価値観もひと味違う層の人たちとの交流が広がった。家族連れやカップルでの参加もみられて、私も1人で楽しむのはもったいないと思い息子を引き連れたこともあった。家族ぐるみで楽しめる温かい空気が、そこにはあった。
けれど、イタリア車は“良い意味で”期待を裏切らない。そう、走れば壊れる。まるで手のかかる恋人のように、突然拗ねたりする。それがまた愛おしい。そんな日々が続く。ある日は目的地に着いたものの、ドアが開かずに車内に閉じ込められたことがあった。天井に付いているTバールーフの板が途中までしか開かなくなり、最終的に窓から脱出。
妻を乗せて箱根に向かう途中、そこでもまた、機嫌を損ねてしまう私のディアブロロードスター。走らせているといきなりギアが抜けてしまい目的地にたどり着けずレッカー車に。そして妻は唖然としながら、もう二度と乗らないと誓われた…。電車で帰宅途中、渋谷の居酒屋で一杯飲んで帰った夜。それもまた、ひとつの思い出のネタになるものだ。
「ディアブロロードスターに乗ること」は、単なる移動手段ではない。冒険とドラマが詰まった時間を過ごすことなのだ。壊れるからこそ、走れたときの感動がある。不便だからこそ、そこにストーリーが生まれる。
あの跳ね上がるドアを開けるたび、あの日の興奮がよみがえる。
——それが、私にとってのランボルギーニ・ディアブロ ロードスターなのだ。

